神様を知らないということ。

「神様を知らない」ということ。

どうして、それがそんなにいけないことでしょうか?

 

「みんなで仲良く平和にすれば、それでいいじゃ〜ん?」

そう思いませんか?

わたしもそう思っていました。

それを、私に御言葉を牧師先生が非常にわかりやすく教えてくれたので、

その話を紹介しようと思います。

 

あるところに5人の兄弟がいました(人数は何人でもいいのですが)。


5人の兄弟は、皆非常に人格的で、学問にも秀ており、運動神経もよく、


兄弟同士、困った時には支え合い、また互いに尊敬し合い、


非の打ち所がなく、誰が見ても完璧と言えるような兄弟でした。




ある人がその兄弟を見て、非常に関心しました。


「あなたたち兄弟は、非常に人格的で、学問にも秀ており、運動神経もよく、


兄弟同士、困った時には支え合い、本当にすごいですね。


いや〜、あなたたちのご両親はさぞかし立派な方なのでしょう。


一度、お目にかかりたい。


あなたたちのご両親はどこにいらっしゃいますか?」




その兄弟たちは言いました。


「私たちには親はいません。」


「最初から自分たちで存在し、全て自分たちでやってきました。」




兄弟を見た人は驚いてもう一度聞きました。


「いやいや、そのようなはずはないでしょう。


少なくとも、あなたたちを産んだ親はいるのではないですか?


なんらかの事情で離れて暮らしているのか?


はたまた、気の毒なことに亡くなってしまったのでしょうか?」




兄弟たちは答えました。


「いいえ、私たちには親はいないのです。」


「最初から自分たちで存在し、全て自分たちでやってきました。」


∑(゚Д゚)!!!!


「神様を知らない」「ただみんなで仲良くすればいい」というのは、こういうことなのです。

人は皆、親から生まれました。

親は祖父母から生まれました。

この先は、先祖代々上に辿っていけば良いのです。

では、「人間」はどこから生まれたのか?

「地球」はどこから生まれたのか?

「神様を知らない」ということ。

「根本者を知らない」ということ。

「自分がどこから来たのか知らない」ということ。

「自分の価値がわからない」こと。

「愛とは何かを知らない」こと。

「神様を知らない」ということは、あらゆる人生の問題の根本的な原因に関係しています。

「神様を信じる人」と「神様を信じない人」が結婚することで、

「神様を信じる人」が「神様を信じない人」へと変わってしまい、

「神様を信じない子」が生まれ、「神様を信じない家庭」が生まれてしまいました。

その結果、様々な悪が地に広がってしまったのです。

ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして。私はキリスト教福音宣教会のChihiといいます。 大学院の終わり頃にキリスト教福音宣教会で聖書を学ぶようになりました。 私は、大学で言語学(英語)を専攻しており、聖書が欧米文化に大きな影響を与えていることから、聖書を勉強したいと思っていました。最初は普通の教会で学んでみましたが、よくわからず断念。。 キリスト教福音宣教会のバイブル・スタディは、聖書を基本中の基本から教えてくれて、わかりやすく、臨場感があり、とても感動!!そして、面白い!!&生活に役立つ!! 聖書は、当時の時代背景や文化背景、地名や人名が難しいですが、「千里の道も一歩から(?)」ということで、わかりやすく楽しく、1日2、3行〜1章程度ゆっくり書いていきます。