聖書について

神の姿・天使の姿(創世記18:1, 13)

さて、昨日・一昨日の聖句にちょっと戻ってみましょう。

主はマムレのテレビンの木のかたわらでアブラハムに現れた。」(創18:1)。

あれ?現れたの旅人やったやん!?

主はアブラハムに言われた。
『なぜサラは、わたしが老人であるのに、どうして子どもを産むことができようかと言って笑ったのか。』」(創18:13)

あれ?言ったの旅人やったやん!?

 

これ、実はですね、神様が旅人を通して現れたんですよ〜。

だって神様って肉体の目で見えないじゃないですか!!

 

では、「神様」に関する聖句を見てみましょう。

神は霊であるから、礼拝をする者も、
霊とまこととを持って礼拝すべきである。」
(ヨハネの福音書4:24)

 

そう!神様って「霊」なんですよ

だから、見えないですし、聞こえないです。はい。

 

では、どのようにして現れるのか?

それはズバリ!!

 

 

 

「人を通して(着て)」現れます!!

そうしたら、見えるし聞こえる!!

神様も人々とコミュニケーションが取れるわけです!!

(すごい!!)

 

話をアブラハムに戻すと、

旅人が来た時、アブラハムが非常によくもてなしましたね。

なぜなら「神様を愛して、人を愛していたから」です。
https://thefunniestbiblelab.com/2019/09/181-8/.html

 

その結果、アブラハムは、旅人を通して

「来年、子どもが生まれる」という預言を聞くようになりました。
(※「預言」とは「神様から預かった言葉」という意味です。予言じゃないよ。)

人を通して、神様(主)が話されていたのです。

 

人を通して、話す神様。

神様が誰を通して話されるかは、人間にはわかりません。

 

だから、アブラハムのように

普段の生活から「神様を愛する、人を愛すること」が大切なのです。

聖書には、アブラハム以外にも「人を愛すること」で

神様から祝福をもらった人がたくさんいます。※ペテロもそうですね)

 

人を通して話す神様。

そして、それは聖書だけではなくて、

皆さんの生活においても同じことが言えます。

 

今日も「誰か」を通して神様が何かを話してくれるかもしれません。

 

〜追加〜
※神様は、他にも夢を通して現れたりもします。また、アブラハム、モーセなど、神様に認められて直接話す特別な人もいますね。
※もちろん(このご時世)世の中には良い人ばかりではないので、むやみやたらにただ良く接するのではなく、よく分別しましょう

〜画像〜
https://matome.naver.jp/odai/2140954263059207101

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