聖書要約〜コリント人への第一の手紙〜

みなさん、こんにちは。キリスト教福音宣教会のChihiroです。

今日は、コリント人への第一の手紙です。

 

コリントってどこ?

コリントとは、今のギリシャ(南ギリシャ)にあります。

 

 

コリントは大きな港町で経済的に大きく栄え、また政治の中心地でもありました(当時はローマの支配下ではあったが)。また、ギリシャやローマの影響で様々な神々が信じられ、神殿も多くありました。

パウロは、使18章でコリントにてイエス・キリストを述べ伝え伝道しています。

パウロ個人としても、思い入れの強い地域だったことでしょう。

コリント人への第一の手紙は、パウロが三回目の伝道旅行中(上地図のピンクの線)に、エペソ(エフェソス)からコリント にいる人たちへ書いた手紙です。

 

何が書かれている?

なぜこの手紙が書かれたかというと、コリントの教会で問題が生じたからです。

なんと、イエス・キリストを信じる人の間に派閥が生じていたのです!!

 

“Aさん”
私は、パウロにつくよ。
“Bさん”
私は、アポロに。
“Cさん”
いや、私は、ケパ(ペテロ)につくよ。

 

“パウロ”
いやいやいや、ちょっと待って!!そんな派ないから〜!!

パウロ派とかないから〜!!!

自分(パウロ)は福音を伝えるために遣わされただけだし〜!!

自分、メシアちゃうし〜!!!

 

そんな感じでコリント人への第一の手紙が始まります。

 

有名な聖句

それでは、有名な聖句を紹介。

目は手にむかって「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって「おまえはいらない」とも言えない。(12:21)

これはとても有名な聖句ですね。

体にはいろんなパーツがあるんですけれど、どこも無駄なパーツってないんですよね。

昔、眉毛がなんで存在するのかわからなくて剃った人がいたようですが、汗が目に染みて大変だったそうです(笑)。

そのように私たち人間も「必要のない人」はいないのだということ。みんな一人一人が神様の前に貴重な存在なのです。

そして、頭はキリスト。体の中心は頭ですからね。キリストを頭に、中心にした時にそのような世界が成されます。

 

愛は寛容であり、愛は情深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みをいだかない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてをのぞみ、すべてを耐える。(13:4-7)

人間、誰でも一度は人生の中で「愛ってなんだろう?」と思ったことがあると思います。

そして、多くの哲学者が考えて答えをそれなりに定義したり、定義できなかったりしてきたと思いますが、聖書では、上のように定義しています。

聖書ってめちゃめちゃ厚いですけど、この聖句だけ守ってもめちゃめちゃ人格超人レベルだと思います。もうこれだけ守るようにしても、人生足りないかもしれません。

また、説教では「愛するとは?相手の願っていることをして差し上げること」というのも出てきたことがありますね。

相手の願っていることを行う時も、「誇らない」、「自分の利益を求めない」、「すべてを信じ」など上の聖書の精神が備わっていれば、やはり美しいなと思いました。

 

有名どころはこんな感じでしょうか〜。

パウロがこの手紙を書いたきっかけは教会内の派閥が問題でしたが、有名な聖句を見ると、「キリストを中心にして互いに愛し合って行こうぜ!」というのが感じられますね。

 

以上、コリントへの第一の手紙でした。

次は第二〜。

 


キリスト教福音宣教会(Christian Gospel Mission)

キリスト教福音宣教会公式サイト

キリスト教福音宣教会公式サイト

 

ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして。私はキリスト教福音宣教会のChihiroといいます。 大学院の終わり頃にキリスト教福音宣教会で聖書を学ぶようになりました。 私は、大学で言語学(英語)を専攻しており、聖書が欧米文化に大きな影響を与えていることから、聖書を勉強したいと思っていました。最初は普通の教会で学んでみましたが、よくわからず断念。。 キリスト教福音宣教会のバイブル・スタディは、聖書を基本から教えてくれてわかりやすく、臨場感があり、とても面白い!!このブログでは、そんな面白さと共に、聖書に出てくる地名や時代背景を中心に情報提供できたらと思っています。