聖書要約〜ガラテヤ人への手紙〜

さて、次はガラテヤ人への手紙です。

 

ガラテヤパウロが御言葉を伝えて、教会を建てたところですね(4:13、4:19)。

 

ところが、ガラテヤの人たちにも問題が〜!?

違った御言葉を信じるようになってしまったようです(1:6)

 

“パウロ”
なんで!?なんで!?なんでそんな離れていくのよ!?

 

そして、パウロは、今までは律法を行うことが大事だったが、

イエス・キリストが現れて、これからはキリストを信じることが大事なのだと説きます。

 

律法とは、ざっくり言えば旧約聖書ですね。

その中でもモーセ五書は律法の中でも重要視されていました。

※モーセ五書=創世記から申命記まで

 

ユダヤ人は、イエス・キリストが来るまで律法を信じて頑張って行ってきました。

しかし、イエス・キリストが現れたからは、

「律法を行うこと」ではなく「キリストを信じること」が大切になり、

その変化に「ついていく人」と「そうでない人」と分かれてしまったのです。

 

パウロは、そんな状況に対してこんなことを言っています。

 

人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、私たちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。(2:16)

 

このようにして律法は、信仰によって義とされるために、私たちをキリストに連れて行く養育掛となったのである。しかし、いったん信仰が現れた以上、私たちは、もはや養育掛のもとにはいない。あなたがたがみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。(3:24-26)

 

「旧約時代」から「新約時代」に変わり、

神様と人間の関係も「しもべ」から「子ども」、信仰も「律法」から「キリストを信じること」

変化したわけですね。

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はじめまして。私はキリスト教福音宣教会のChihiといいます。 大学院の終わり頃にキリスト教福音宣教会で聖書を学ぶようになりました。 私は、大学で言語学(英語)を専攻しており、聖書が欧米文化に大きな影響を与えていることから、聖書を勉強したいと思っていました。最初は普通の教会で学んでみましたが、よくわからず断念。。 キリスト教福音宣教会のバイブル・スタディは、聖書を基本中の基本から教えてくれて、わかりやすく、臨場感があり、とても感動!!そして、面白い!!&生活に役立つ!! 聖書は、当時の時代背景や文化背景、地名や人名が難しいですが、「千里の道も一歩から(?)」ということで、わかりやすく楽しく、1日2、3行〜1章程度ゆっくり書いていきます。