聖書について/日常生活

聖書要約〜イザヤ書〜

 

イザヤ書です。

ここから預言者がずら〜っと続いていきます。

聖書を見ると、イザヤ、エレミヤ、哀歌(エレミヤ作)、エゼキエル、ダニエルと続いていきますが、

この4人は、四大預言者と呼ばれています。

いわゆる、預言者BIGフォーという事です。

 

 

 

まずは、イザヤに限らず預言者全般なんですけれども、

聖殿再建で出てきたハガイ書ゼカリヤ書と、旧約最後の預言者マラキ以外は、

南北分立時代の人だとわかります。

 

ソロモン王が外国の女性と多く結婚したために、

他宗教が多く流れ込み、その結果イスラエルが南北に分立しました。

 

その後、北と南で王様が続きますが(列王記下、歴代志下参照)、

南ユダの方は神様を信じて北イスラエル神様を信じていませんでした。

 

と、言いつつも、南ユダもそんな神様信じてたわけではないというか、

結構神様信じてない王様が登場してくるんですよね。

 

そこで、「このままではいけない!!」と思った神様は、

預言者を通して「偶像崇拝やめよう!」、「神様信じよう!」と人々に伝えます。

 

その預言者たちが旧約聖書の後半にズラ〜っと並んでいるんですね。

 

なのでどの預言者も言っていることは似ていて、

[aside type=”boader”]①偶像崇拝やめよう。

②神様信じよう。

③悔い改めないと、隣国(バビロン、アッシリア)が攻めてくるよ。

④キリストが来るよ。[/aside]

ということを言っています。

 

 

◉イザヤは、いつの時代の人?&どんな人?

 

イザヤは、四大預言者の中で、一番早くの人だということがわかります。

イザヤ自身は南ユダの人ですが、南ユダと北イスラエルについて預言しています。

また、既婚者で二人の子どももいたようです。

奥さんも女預言者でした。(8:3)

 

◉っていうか、預言者って何?

預言者とは「(神の)言葉を預かる人」です。

それを「預言者」と言います。

 

神様が人々に言いたいことを、神様は肉体がないので、代わりに言ってあげる人です。

 

偶像崇拝しちゃいけないよ、とか

偶像崇拝続けてたらこんなことが起こるよ、とか

イスラエルにメシアが来るよ、とか伝えます。

 

「預言者」と聞くと「予言者」と思いがちですが、「預言者」です。

でも、内容的にはこれから起こることを話したりもするので、

「予言的」な内容を話すことあります。

 

 

◉イザヤ書には何が書いてるの?

イザヤ書、長いんですよね😅

色々書かれておりますが、有名どころとしては以下の点かなと思います。

 

[aside type=”boader”]

①偶像崇拝やめよう。悔い改めて神様を信じよう。

②北イスラエルにアッシリアが攻めるよ。(7, 8章)

③でも、そんなアッシリアも滅びる時が来るのさ。

④南ユダにバビロンが来るよ。(39章)

⑤でも、そんなバビロンも滅びる時が来るのさ。(13章)

⑥メシアが来て、イスラエルは回復するよ。(9, 11章他)[/aside]

 

挙げた聖句の場所は、あくまで一例なので他の箇所にも同様のことが書いてあったりします。

 

◉有名な聖句紹介

イザヤ書の有名な聖句を紹介していきます。

 

彼はもろもろの国のあいだにさばきを行い、多くの民のために仲裁に立たれる。(2:4)

彼というのは、主ですね。

この聖句は、戦後「国際連合」ができるきっかけになった聖句のようです。

このように実は聖句をきっかけに政治的なことが起こってたりもしますね。

 

次は、キリストに関する聖句です。

キリストが「栄光の主」「苦難の主」として書かれています。

まずは、「栄光の主」から。

ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、
ひとりの男の子がわれわれに与えられた。
まつりごとはその肩にあり、
その名は、「霊妙なる議士、大能の神、
とこしえの父、平和の君」ととなえられる。
 
そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、
ダビデの位に座して、その国を治め、
今より後、とこしえに公平と正義とをもって
これを立て、これを保たれる。
万軍の主の熱心がこれをなされるのである。(9:6-7)

良い内容が書かれているところを太字にしましたが、

どう見てもキリスト=良い人だし、キリストが来たら良いことが起こるのがわかります。

 

続いて、「苦難の主」

彼は侮られて人に捨てられ、
悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、
彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
 
まことに彼はわれわれの病を負い、
われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った、
彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

さっきとは打って変わって、悲しい文章が続きます。

私たちは、キリストを信じていようとなかろうと、

イエス・キリストが十字架にかけられた事実は知っていると思いますが、

そのことが思い浮かびます。

 

ここの聖句を引用して、「キリストが十字架にかけられたこと」は最初から決まってた〜!!

キリストは、そういう運命だった〜!!って主張する人がいたりしますが。。

 

う〜ん、そうではないんですよね。。

結局、人々がどうするか次第で変わるんですよ。

人々がキリストを受け入れれば、「栄光の主」だし、

人々がキリストを受け入れなければ、「苦難の主」だし。

 

これと同じく、私たちの運命も

「こうすることが神様の御心だ〜!!」って決まっているわけでなくて、

「私たちがどうするか」で変わってくることが大半ですね。。

事実、聖書では神様の御心として決まっていることとしては、

「人は生まれて、死ぬ」、「キリストを送る」、「救われる」とか

そのくらいしか言ってないです。

 

「あなたは、どこの大学に行く〜。」とか

「どこどこ会社に勤めるのが御心だ〜。」とかは書いてないですね。

その人の個性✖️努力次第で変わるというわけです。

 

次。動物がたくさん出てくる楽しそうな聖句もあります(笑)。

おおかみは小羊と共にやどり、
ひょうは子やぎと共に伏し、
子牛、若じし、肥えたる家畜は共にいて、
小さいわらべに導かれ、
 
雌牛と熊とは食い物を共にし、
牛の子と熊の子と共に伏し、
ししは牛のようにわらを食い、
 
乳のみ子は毒蛇のほらに戯れ、
乳離れの子は手をまむしの穴に入れる。(11:6-9)

 

よくよく見ると、子羊と共にやどり(いや、食べられちゃうから!)

ひょう子やぎと共に伏し(いや、だから食べられちゃうから!!)

ちょっと現実的には難しそうなことが書かれています😅

 

これ、動物は、人を喩えているんですよ。

昔、動物占いとか流行りましたけど、そんなイメージです。

「狼のような人(怖そう😅)が羊のような人(優しい?)と共にやどり」

 

いや、これね。動物も難しいけど、人間同士も難しいと思いますよ。

そんなん、狼のようなキツイ人が勝つやん。

ほら、羊泣いちゃった〜。。みたいな、あるじゃないですか。

かと言って、似ている者同士でも似ているからこそ喧嘩したりもします。

 

そんな相性が難しそうな人同士もキリストが来れば・・・

平和が成されるということです。

 

キリストは、御言葉を持ってきますからね。

御言葉に従い、互いに愛し合えば(ここ重要!!)

平和が成されるというわけです。

 

他にもキリストに関する聖句は、多いですが

長くなってしまったのでここで終わりにしようと思います。

他のメシアに関する聖句も探してみてね!

 

でわでわ。

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